ぴぃ・ダイアリー

ぴぃ・ダイアリー

心が揺れた瞬間を、出来るだけ書き留めておきたい、そんな場所です。

はじめてのラブライブ!で観たこと、感じたこと

 ミア・テイラー。

 

 令和4年、僕が恋した女性のうちのひとりであり、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバーである。

 オタクのくせに滅多にアニメを観ない、どちらかと言うと原作派のスタンスを取り続けた僕が、数年ぶりにリアタイするほど心揺さぶられた作品。その第9話が彼女をメインに据えた回であった。

 

 名家のプレッシャーから、自分が歌を届けることを避けていたミアが、「視座さえ違えば評価は変わる」ということに気付き、彼女が届けたい歌を、「we」-スクールアイドル同好会の"わたしたち"-で届けたいと歌う「stars we chase」のライブに繋がる。あまりにも美しい流れで、視聴を終えて大きなため息をついたことを今でも覚えている。

 

 イレギュラーな立ち位置の高咲侑は別にして、スクールアイドルから誰か推しを選ぶならまぁ、宮下愛かなぁと思っていたところに、松木安太郎も真顔で「今のはファウルなので一点覚悟しましょう」と実況するくらい反則的で急激なチャージをかけてきたミア・テイラーとの出会いは、今の僕のスタンスを固めるうえで大きなポイントにもなっている。

 そんな彼女を、彼女を演じる内田秀さんを、そしてラブライブ!というコンテンツのライブを、一度触れてみたい、と感じるのはごくごく自然な流れだった。

 

 と、はいえども。

 これまで手を出して来た現場の大半が「レギュ?ああ何してもええよ笑笑」とか「ペンライト?邪魔っしょ!w」とかいう人種しか居なかった僕にとってラブライブ!の現場に対する偏見が少なからずあった。

 それと場所。武蔵野の森。

 2月にとあるコンテンツを諦めた場所であるこの会場に再び戻る、というのは少なからず抵抗のあることで。(実際いくつかこの会場だから、という理由で参加を見送っているイベントもある)

 そんな人間を引っ張り出そうとしたのがコンテンツの犬の皆さん。

 まずは高校からの同級生。

 

ラブライブ行くぞ!」

 

「いや、その日他の現場あるんで…」

「アソビストアプレミアム先行無いくせにバンナム面してるコンテンツはちょっと」

「ペンライト振らないと迫害されるんでしょ?険しいかな」

 


 とか言って断ってきたが今回だけは話が別。磔にして観るまで帰さんと言わんばかりに圧がけしてアニメを観せてくれた特大のコンテンツ、虹ヶ咲に出会うきっかけを作ってくれたこと半分、そして去年DIALOGUE+の大阪に無理矢理引っ張り出したときのお返しのような気持ち半分で連番者登録を受け入れた。

 


 そして「諦めたコンテンツ」こと、ミリオンライブで出会った友人たち。

 「俺たち、ミリシタで出会った筈だよな…」と言いたくなるほど4月からコンテンツに狂わせられた時間の結実となる5thライブ。途中合流とはいえ共に過ごした彼らとその感想を語り合いたいと思った。

 そしてやって来た因縁の地、武蔵野。

 僕にとってはじめてのラブライブ!の現場体験、行かせていただきますー。  

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 と、いうわけで。

 事前に書き出しだけ書いておいたので、ここからが実際に現場に行ってからのパート。

 

 ラブライブ!、素晴らしかった。掛け値無しに。コレが最初でホントにええんか?と思うくらいには。

 


 アニメが最強かつ最大の媒体のコンテンツ、という印象を触れる以前から常々受けてきたが、このアニメの中への引き込み方がとんでもない。「Colorful Dreams! Colorful Smiles!」をオープニングに「夢が僕らの太陽さ」で締める前半パート。どんな国語教師も添削の余地を挟まない要約のお手本がそこにあった。

 


 特筆すべきはここでソロ楽曲を披露した3人。昨今の野球界のトレンド、2番打者最強論。それを証明するかのような風格を感じさせる「Eutopia」ヤンキースにはジャッジが、ニジガクにはランジュが居ると言わんばかりのパフォーマンス。僕は武蔵野しか参加していないのだが、コンテンツの犬たち曰く「明らかに前回(一週間前)と違う」とのこと。そんなこと言われたら次も観たくなっちゃうじゃん。歌い切った後の不敵な法元さんの笑みにコンテンツの底知れなさまで感じてしまった2曲目だった。


 そして「EMOTION」。稀代のトラックメイカー、tofubeats氏の手がけた楽曲を歌いこなす小泉さん。この日は僕にとってある種リベンジのような一日であった。楽しみだった2月の P's LIVEで観れなかったharmoeとしてのパフォーマンス。その満たされなさを補って余りあるものを見せてくれた。アニメの映像をバックにしてステージを移動する大きなハットが何度も後ろの栞子の映像と重なり、この回の記憶が呼び起こされてウンウンと唸ってしまった。

 3度来る全く同じ歌詞のサビがこの楽曲の特徴なのだが気持ちの昂ぶり、ビルドアップという単語がピタリとハマっていた。こういう曲作りをするバンドを長年追ってることもあって非常にツボ。聴けて良かった。


 最後はお待ちかねの大本命、「sters we chase」。ステージに浮かび上がったシルエットを認めて「…ッスウ…」と身構えてからの3分半、本当にあっという間だった。行き場を無くした迷い猫が光に導かれるようにステージを動く内田さん。センターの位置でサビを歌い出すやいなや表情が弾ける様子はアニメのミア・テイラーのソレだった。ペンライトの光を点けるとかそう言った思考の余地すら挟まず二日間腕組みして聴き、アニメ視聴後の余韻まで追想するような時間がそこにはあった。

 

 これまで触ってきたキャラクターコンテンツに存在する「この人が”このキャラクター”を演じているときは、中の人の推しが居ても目を奪われてしまう、絶対に勝てない」という立ち位置のキャスト。CUE!の六石陽菜を演じているときの内山悠里菜さん、シンデレラガールズの喜多見柚を演じているときの武田羅梨沙多胡さん。その位置に内田秀さんがすっぽりと収まったような感覚を得た。アニメを辿るパート最後の「Future Parade」で「繋げていこう」と伸びやかに歌う姿がこの二日間の僕の脳内のハイライトに鮮明に残っている。

 

 そして後半。特大のソロ曲を披露したメンバーたちが「ほかのみんなのステージを見たい」と言って始まったこのパートで披露されたのは「アニメ1期」のソロ曲。初日の「Dream with You」、二日目の「ツナガルコネクト」が始まった瞬間の会場のボルテージと、アニメしかこのコンテンツを知らない僕の「え、知ってる曲しか流れんのだけど優しすぎ!最高!」という気持ちが混ざり合ってハチャメチャに踊りまくった記憶がある。特にトロッコ。二日目の「Butterfly」を終えたあとの鬼頭さんと「サイコーハート」の村上さん爆レス部、非常に楽しかった。あと田中ちえ美さん。顔面のパワーとソロの声で脳を溶かして首から上をヘドロにするのはやめていただけないだろうか......

 

 2期だけでなく1期の思い出まで呼び起こした時間のあとは全体曲。「繚乱!ビクトリーロード」はフロアを灼熱にしてくれたし、トロッコで全員がすぐ近くまでやってきてくれた「トワイライト」は曲調も相まって変な感動が呼び起こされてウルっときてしまった。そんななか披露されたのが「Hurray Hurray」矢野妃菜喜さんも大きな旗を持って参加したこの楽曲。「スクールアイドルも、スクールアイドルを応援する人も、等しく手放さない」というスタンスを示すコンテンツからのメッセージめいたものを感じた。

 そして「TOKIMEKI Runners」、二日目はダブルアンコールとして「Future Parade」という締め。浅尾ー岩瀬を彷彿とさせる最後のリレーはライブの締めとして素晴らしかった。

 

 さて、この二日間を終えて。

 

 一番に感じたのはコンテンツライブの形の取り方について。

 今まで僕が参加してきたコンテンツライブは「プロデューサー」「トレーナー」「マネージャー」という何らかのロールプレイングを課したものだった。だからこそ一度好きなキャラクターを定めて深堀りしていくような見方をして臨まされていた回数が多いのだが、ラブライブ!の「スクールアイドルが好きな自分」という、飾らないそのままの自分で世界に入り込めるライブの作りにはカルチャーショックを覚えた。

 

 そして私情に近い感情なのだが、僕の境遇を少し刺激してきたのが法元さんの挨拶。ランジュ、栞子、ミアという3人はキャラクターとしては9人の同好会に飛び込んできた立ち位置。そのある意味完成されて、ファンもその世界観を享受していた中に入っていくことはなかなか複雑な感情を持たずにはいられないであろう。シンデレラガールズで喜多見柚の初ステージを見守るときのドキドキした気持ちが彼女の挨拶で呼び起こされ、挨拶としては2番目だったのにもかかわらずほかの方のMCの内容が吹き飛んでしまうくらい刺さってしまった。なんというか、今までオタクとして過ごしていたことってどこかで繋がってくるんだよな、と。

 

 今回、僕にとってはじめてのラブライブ!体験だったのだが中途半端にフェス形式や配信、映像を経験していたらここまでの感想を得られなかったかと思う。引っ張り出してくれた人の縁、キャストの皆さんに感謝したい。

 

 R3BIRTHくらいはユニットライブ行きたいなぁ~、と思う次第です。

 

ーーーおもいでーーー

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風船。せつ菜、良かったよね。特に挨拶からのダブルアンコール流れ。
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ミアちゃん、ご飯だよ〜

 

好きの気持ちを採寸して、着飾って~ 喜多日菜子と、シンデレラガールズに仕立てられた二日間の記録

 出会いはドラマみたいに、奇跡めいて何気なく突然で。


 「別の友達が行けなくなったから穴を埋めてくれない?」という、安いドラマの脚本にありがちな合コンの感覚でやってきた会場。

 ミラーボールの回るなか、お目当ての女性をはじめて生で観て、大興奮する友人を横目に、僕の視線はほぼ、一点に注がれていた。ステージの先にある、どこか遠くを観ているような佇まいを演じている、どこかで会ったことのあるような姿。それが喜多日菜子というキャラクター(を、演じている深川芹亜さん)だった。

 徐々に熱を帯びていくダンスフロアの中でその既視感の正体を探す作業。ミラーボールの切れ間から、虹色の橋を視界の端に捉えた瞬間、その答えは現れた。あたり一面を照らす色とりどりのペンライトに手を振る姿。この日のちょうど一年前に、まだミラーボールも柱も無かったこの場所で観た、シンデレラガールズで2番目に好きな歌を歌っていたカラフルな衣装の女性の記憶と一致した瞬間が、その後色々と狂わせられることになる喜多日菜子の「担当」としてのはじまり。

 

 そんな因縁ある名古屋という土地に、「戦う顔」を携えて、喜多日菜子という概念に立ち向かうためにやってきた。

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THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS LIKE4LIVE #cg_ootd」、さぁ、かかってこいー。

 

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 9回裏に6点を奪われて、千葉マリンスタジアムのベンチを蹴り上げてグラブを投げ捨ててしまうような悔しさが湧いてくる余地すらない、清々しいほど圧倒的な敗北がそこにはあった。あまりにも素直にこの日のライブを褒めたせいで、斜構じゃない僕を病気かと心配する人間もいた。しょうがないじゃん。君らがゲームやらなくなってからのシンデレラガールズの曲、実は割とだいたいみんなそれなりに好きなんだもん。

 

 2022年、担当補正抜きで断トツの楽曲とislanddirty334的に名高い「トキメキは赤くて甘い」、去年の愛知、2日目を握らなかった唯一の後悔、「#HE4DSHOT」、ライブテーマとの噛み合いが半端でなかった「ストリート・ランウェイ」etc…つつけばつつくほど感想が出てくるこの2日間。それでもやはり、いちばん舌が回ってしまうのは喜多日菜子という概念についてであった。

 

 妄想を共同幻想に変えて会場を魅了するシンデレラガールズというコンテンツで、この点において彼女の右に出るものは居ない。「きっかけ」と「ハッピーエンド」が定まりさえすればどんな楽曲でも自分のものに出来る、ある種のジョーカー、二次創作での一ノ瀬志希のクスリのような武器を持った彼女に、「どうしてこの曲を歌うのか」というアンサーを用意したいという、1年ぶりに呼び起こされためんどくさいオタクの性と、そんな喜多日菜子という概念を追いかける過程、遡れば彼女に出会う以前に重ねてきた思い出の双方が刺激され、言葉を紡がずにはいられなかった。

 と、いうわけでここからは、どんな解釈も正しいという公式の言葉を隠れ蓑に、この2日間の喜多日菜子がステージで披露した楽曲に対する感想や妄想を詰め込んでいく。それでは久々の「戦う顔」、行かせていただきますー。

 

・見るべき目線を斜めからまっすぐ揃えて~「Near to You」

 

 あまりにも久しぶりに聴いたイントロに高揚を隠しきれなかった。

 はじめてデレステで走ったイベントで魅了された音「Nothing but You」。そんな音を紡いだ敬意を表すべき作曲家が手がけた楽曲を担当が歌う、感慨深い時間。


 10thライブ、福岡公演の「shabon song」の描いた「一夜の夢の儚さに向かう喜多日菜子」に心臓を握られている僕としては、「空に舞うシャボン玉」という最初のフレーズから「シャボン?!?!?!」と脳が焼けそうになっていたが、いちばんのピークは2番の「大きな夢に 飛び立つ気持ち」という歌振り。夢見る少女の基礎の基礎のようなフレーズを歌う姿に唸ってしまった。連番者なら多分ここで僕が「そういうことかぁ〜!」と頭を抱えてしゃがみ込んだことを覚えているかもしれない。

 

 そしてこの曲を日菜子と一緒に披露したメンバー。モバマスに対しては超絶浅いことで有名な僕でも出てきた瞬間に分かった「ユメミルオトメノ151's」という151センチという身長で括られたユニット。

 ここで151センチという「スケール感」が提示されたことが次の2曲に繋がっていく。

 

・せめて、15歳らしく~「リトルリドル/Romantic Now!」

 

 Near to Youを歌うメンバーで示された、喜多日菜子の「身長」というスケール感。それに引き続いて示されたのが彼女の「年齢」というスケール感。

 喜多日菜子というキャラクターを担当する時間が長くなっていくにつれて、いつの間にか意識することが少なくなってしまった「喜多日菜子は15歳で、中学生」という設定が急に実感となって迫ってきたのがこの2曲。

 

 思えば僕が、喜多日菜子というキャラクターにはじめて惹きつけられたポイントはこの「15歳」という設定だった。

 

island7beauty.hatenablog.com

 

 もうひとりのシンデレラガールズの担当、喜多見柚。同じ15歳で、異様に出席番号が近そうな名前。この2人が交わるとすれば、どういう会話をするんだろうかというのが、妄想少女を解釈しようとするこちら側の、はじめての妄想体験。不意に馴れ初めを思い出させてくるじゃん…と腕組みしてしまった。

 

 喜多日菜子はまだまだ「リトル」だし、年相応の「リドル」を抱えながら日々を過ごしていて、雑誌の占いの欄の「ロマンティックなことが起きる予感」を信じていて差し支えのない少女。だからこそ、この2曲を歌う姿が自然とハマっていた。深川さんの歌い方も、他の曲以上に蕩けて、少女感を持たせているように感じた。

 

 特にリトルリドルの終盤の、「曖昧とかビミョーな感じ」というフレーズと、それを歌う表情。

 どうにもならないけれど、それを表す言葉もない少女の葛藤。「愛してる」を伝えたいのにその対象である王子様や、伝え方がぼやけて見えない。ひとことで言うならば「曖してる」状態が見え隠れしていて胸の詰まる思いをした。

 

 少女としての年相応の悩み、そして葛藤。

 日菜子にとっての、ライブテーマの着飾りの前段階を示したのがこの2曲であったと考えている。

 

・妄想の球根を聴き手にも広げて~「Tulip」

 

 世界を救う力の代償に、王子様以外の誰からも見えない禁断の果実を食べてしまった日菜子は、世界を救った約束の丘へ向かいました。その丘に向かう途中の船で嵐に襲われ、打ち上げられた砂浜の上。もう誰にも見つけてもらえない…雨に打たれながら泣いていた日菜子の背中から聞こえる「お嬢さん、傘は?」という声!それに「忘れてきてあげたのよ、自分の傘は」と返したあと、日菜子は、日菜子は〜......

 

 例えて出すなら、こんな感じの妄想。

 

 今回喜多日菜子が歌った楽曲の中で、最も意外性があったのはこの「Tulip」だったのではないだろうか。2日目のライブも終盤に入るというタイミングで披露されたこの楽曲は、ここまでに日菜子が歌ってきた曲とは毛色が違う、少し背伸びした姿を見せていた。「デコルテを見せつけてシャツを開ける」ような大胆なことだって、妄想ならなんでも出来ちゃう。どんな曲も自分の色に化けさせる彼女の強みが見えた一曲だった。


 ただ、「それだけ」では無いんですよね。ヒントはこの曲での彼女の立ち位置

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 そう、Tulipのオリジナルメンバー、宮本フレデリカ。その立ち位置に喜多日菜子は立っていた。イントロで「この曲?!」と飛び上がり、双眼鏡越しに深川さんの姿を見つけて「アッアッアッ」と心の中のDiggy-MO'が暴れだし「酸素足んねえよ、笑い止まんねえよ」「分かってねえだろ…ペイス…」と毒づきながら、視点を全体に戻したときの頭の中でビビッと繋がる感覚があった。

 

 日菜子とフレデリカの接点として今年(いや、厳密にいえば伏線は相当前に張られていたが)提示されたのが「アミマネラ」。後にも言及することになるこのユニットの少しだけ先のお話を見たような気がした。この曲を歌うことになった日菜子は、フレデリカにどういう話をしたんだろうとか、別のキャラクターを巻き込んで、面白いことが起きるんじゃないかとか。日菜子がツッコミに回らざるを得ない状況になるとか。コミュで描かれない出来事が次々と浮かび上がってきた。

 

 シンデレラガールズのライブに何度か足を運んでいると、「オリメンでないのに披露される楽曲」がよく見られる。そこにある理由や背景を「妄想」するのが僕なりの楽しみ方としてある。特に「担当じゃない子のソロ曲を歌う姿」を観て惹きつけられた日菜子に対してはその気持ちが強い。「妄想プロセッサーとしての彼女が広げる世界にこの日も魅了されて、こちらも妄想を投げ返してしまいたくなったワンシーンだった。

 

・日菜子の見せた「戦う顔」にあてられて~「ラビューダ♡トライアングル」

 

 さて、ここからは妄想成分控えめ、個人の思想多めのターン。

 

 今回のいちばん大きな目的はこの曲の回収にあった。

 

 それなりに貯まったスタージュエル、繁忙期に毎日理由をこじつけて定時で帰った故の世間体、一日分の有休、寝ぼけまくった推しイベ・Anime JapanのCUE!トークショーの記憶、平衡感覚、今なお健気に毎月誘ってくれる同期との呑み会に唯一参加できたチャンス、出会い系アプリでいい感じまで行った三次元女

 この曲のイベント期間中に犠牲にしたものを適当に並べただけで頭を抱えてしまいたくなる。けれどもこの時間だけは頑張らないといけなかった。喜多日菜子という概念の魅力に堕ちた直後にやってきた、「ギュッと Milky Way」のときの自分だけは倒したい。「推したてホヤホヤ」のあの頃の僕に対するファイティング・ポーズ。向こう側の世界で、「僕が一度手放したある概念」に対して戦っているように見えた日菜子に触発されたかのように「戦う顔」を整えた。

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 まぁ結果は大したことなかったんですが、そういうことはどうだっていい。

 話したいのは喜多日菜子が「戦っているように見え」た「僕が一度手放したある概念」について。僕についてそれなりに知っている人はピンとくるかもしれない。そう、シンデレラガールズにおける「キュート」という括りである。

 

 喜多日菜子という女の異質さは楽曲、という括りで見ると分かる。パッションという括りに居ながら、ソロを除くとオリジナルメンバーとして存在する楽曲はキュートのほうが多い。(あ、そもそもの曲の母数が少ないって意見はライン越えなのでやめていただけないだろうか…)以前どこかで久川颯というキャラクターの印象を「クールとキュートの汽水域」と表現したことがあるが、日菜子は言うならば「パッションとキュートの汽水域」に相当近い位置付けにあると考えている。

 

 さて、このキュートという概念。今はパッションの2人を担当している僕の古巣と言っても差し支えないものである。デレステ触るきっかけの女、少し前まで推していた女顔が好きな女、好きな。思い返してみれば僕のシンデレラガールズの歴史はだいたいピンク色だった。愛だ恋だ、好きだ可愛いだの基準の明確でないふわふわで曖昧な概念の総称のような「キュート」。

 それを持ち合わせているのは、決してその括りに属するキャラクターだけではないことを、喜多日菜子に接していると強く感じるときがある。「ギュッと〜」で示した、恋する乙女の代表としての、シンデレラガールズ恋慕枠代表としての役割を果たしたのが良い例。

 普通の恋も、日常もイメージして形にできる。

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 普段のトンデモ世界観ではなく、普遍的な世界を描き出して、立派なキュート曲の歌い手となった。

 

 そんな彼女にもう一度回ってきた、キュートの曲を歌う機会。それがこの「ラビューダ♡トライアングル」、そして「アミマネラ」というユニット。

 Tulipのときに触れた、噛めば噛むほどクセになりそうな独特の「キュート」を持った宮本フレデリカとの接点も勿論あるが、もうひとりのメンバー、島村卯月と、喜多日菜子の接点ができたということが、「キュート」という概念に惹きつけられてシンデレラガールズをプレイしてきた僕にとって、あまりにも大きすぎる事実だった。

 コンテンツの顔、そして「キュート」という概念の象徴。そんな存在と属性違いの自分の担当が「新しいユニットとして」肩を並べて歌う機会がやって来るという、あまりにも出来すぎたシナリオ。さすがにコンテンツに何かを握られているとしか思えなかった。

 

 そんな楽曲のコミュでの喜多日菜子は「ギュッと〜」のときとは違う描かれ方であった。控えめに、出来るだけ普遍をイメージした頃よりも「妄想」成分強めに、キュートの2人に対して向かい合ってそれなりにバチバチしていく展開。

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 そしてこの宣戦布告とも取れるセリフ。10年の歴史を持つコンテンツのひとつの概念の土俵に、妄想という武器を持って上がるひとりの少女の姿を見て「可愛い」よりも先に「アツすぎるだろ、コレ…」という感情が産まれてしまった。

 喜多日菜子はキュートという概念に、「再び招かれた」のではなく、「パッション」を「叩き込みに」来た。そんな曲がぶっ刺さらない訳が無いし、犠牲をたくさん払ってでもイベントを頑張る理由には充分すぎた。

 

 そんなことがあっての、この日の初披露。day1.day2ともに特殊イントロと、ピンク色のハート2つの後に灯った黄色のハートを見た瞬間から、視界は色んな感情を伴った液体でぐっちゃぐちゃになっていた。普遍的な恋から一歩踏み出して、恋のバトルロイヤル、複雑な関係まで歌える妄想少女彼女のパッションは、この2日間でキュートの歴史の1ページに刻まれた。かわいいの中にちょっとしたトリップと不敵な様子を感じさせる、この曲の日菜子としての深川さんの表現にそんな確信を持たずにはいられなかった。

 

シンデレラガールズのルーツと思い出と、今、好きな女の「等身大」~「Kawaii make MY day!」

 

 ......だからそういう追い討ちはホントに良くないって言ってるじゃん。

 

 何考えてるの?イントロドンで目の前のパイプ椅子掴んで前のめりになるなんていつ以来だよ。←アニサマでした…1週間前…

 

 散々キュート擦ってきたけど、その中でも別格の思い入れを持っている曲がこれ。僕がシンデレラガールズではじめて明確に「担当」というものを意識したのが中野有香というキャラクター。そんな彼女のユニット曲。7th幕張公演で久川颯、久川凪とともに歌うことで、ユニットの縛りから「かわいい」という概念の拠り所に昇華したこの曲が、更にステップアップして「ライブのアンコール」という位置で披露される日が来るなんて思いもよらなかった。ライブのテーマ的には歌うだろうなとは察していたけれど、実際に披露されると感情は何倍も揺さぶられるようで。

 

 10thライブを通していちばん大きかった後悔が「ファイナル初日に、中野有香を観ることができていないこと」だった僕。 

 Kawaii make MY day!の初披露をLVで見届けて、「いつかこの曲が、頭か大トリの目立つ場所で歌われるようになればいいなぁ」と考えていた、この頃はまだプロデューサーらしい思考回路を持っていた僕。

 

 そんな2人の過去の「僕」が一気に夢を叶えた瞬間がそこにあった。特に後者は一度心が折れて、コンテンツを手放す前の出来事だったから余計に感情が揺さぶられた。

 

 そんな私情の積もりまくった楽曲を披露した面子の中に喜多日菜子が居ることも嬉しい要因のひとつだった。ごめん嘘。嬉しいとかいう次元じゃない。こっちじゃないと多分アホほど泣いてない。

 というのも、今回はアンコールの一曲目をだいたい半分の人数で披露しており、初日は「Palette」、そして2日目がこの「Kawaii make MY day!」だった。

 

 では何故「Palette」ではなく「Kawaii make MY day!」だったのか。その理由は2番の歌いだし。「都会で出会う女の子 最新すぎ 大問題です」というフレーズ。このパートは中野有香が歌うと「普段なかなか踏み出さないオシャレな店に行った年頃の女の子」感が出るのだが、喜多日菜子が歌うと「夢を追ってはじめて都会に出てきたときの感覚」という、地方出身という彼女のスケール感が浮かび上がる。よく僕は「視座の違いと時間の流れを感じさせる概念」”癖”であると言うが、この曲、このフレーズはその癖を大いに刺激してきた。

 

 身長、年齢、特技の妄想ときて、出身地。喜多日菜子を少しずつ、ジワジワとあぶり出した2日間のトリ。日菜子のルーツとともに僕自身のシンデレラガールズというコンテンツのルーツまで辿られてしまって、斜めに構える暇なんて無かった。

 1番で既に泣きすぎたのに、そんな2番の頭の歌詞で深川さんを抜いたカメラはマジでやってる。普段双眼鏡or踊りのスタンスでモニターなんて見ないのに思わずガン見してしまった。多分脳内ハッキングされてたんだと思う。

 で、その次に映ったのが辻野あかり役の梅澤めぐさん。

 何?「LIVEツアーカーニバル 友星公演 ~夢とあなたと芽吹くタネ~」じゃん。数少ないモバマスの記憶まで補完されるオーバーキル。「全ての事象には理由がある」とはよく言ったものだけど、流石にこじつけを疑うレベルの思い出ボムの連鎖が襲ってきた5分間。

 何度も投げ出そうとしては推しを人質にとって現地に呼び寄せて、望んでいたもの以上を投げつけてくるシンデレラガールズ。どうやら僕はまだ、このコンテンツを追うことが出来るらしい。

 

・「認めてくれなくたっていいよ」

 

 サブタイトルなんて要らない。これだけでいい。

 

 僕がシンデレラガールズというコンテンツを、「何度も投げ出そうとした」理由。

 そのひとつが 「jewelries!」シリーズの存在にある。

 

 CINDERELLA MASTERというCDシリーズで、ソロ楽曲とオリジナルのジャケットを与えられたキャラクターに、さらなる特権と言わんばかりに与えられるカバー曲、そして2曲の新曲。

 それは多分、僕の担当には来ない。イレギュラーな形で与えられたソロ曲はすなわち先の展開がほとんど閉ざされてしまうことを意味する。正直に言うと、このソロ曲が、喜多日菜子の、喜多見柚のソロ曲が、「世界滅亡 or KISS」「思い出じゃない今日を」が、あれほどのクオリティでなければ間違いなくコンテンツを投げ出していた。

 

 自分の好きな概念には回ってくることがない、正直情報を耳に入れるのも避けたかったはずのもの。今回披露された「認めてくれなくたっていいよ」という曲は、そこに位置づけられるはずであった。

 

 何も知らない新曲で泣いたのは、「UNION!」以来だった。

 

 10周年記念アニメーションで示した「過去も未来も、観測者(≒プレイヤー)にとって、無限に存在する」というスタンスを補強するかのように、斜めに構えてコンテンツに向かっているほどグサグサ刺してくる歌詞が痛い。直前の「jewelries!シリーズの新曲です」という紹介で身構えていたことも手伝って、余計に弱点を晒してしまったらしい。目を背けていたかった、毒づいていた概念ともいえる曲を大事に、抱きしめるかのように歌う日菜子の、深川さんの姿を視界にとらえて、「こんなに良い表情で歌ってる曲を、なんで嫌いになろうとしてたんだろう」と、自分を責めるような気持ちもあった。

 それを掬い上げてくれたのが「好きと好きが重なる場所で会いたいな」というフレーズ。(うろ覚え、アーカイブ買ったのにまともに観れてないので)この日名古屋にやってきた目的は「好きな役者さんが、好きなキャラクターを演じる姿」を見るためだし、そんな場所で「好きな概念に真っ向から向かう好きなキャラクターの姿」、「好きだった概念と今好きな概念が交わる瞬間」を、「互いに違う”好き”がある友人たち」と見届けられた2日間。喜多日菜子を「はじめて好きになった」土地に帰ってきて、「さらに好きに」なった思い出を重ねた日。こうやって好きを重ね着して新しい装いを生み出していくような曲だった。

 

 はっきりと口にするには小恥ずかしくて難しいけれど、僕のスタンスに寄り添うような楽曲のリリース。間近に迫ったラビューダ♡トライアングルのリリースの先に、もうひとつ楽しみが増えた。

 

・おわりに~好きの「採寸」

 

 手芸部に所属している」

 

 喜多日菜子というキャラクターのスケール観について洗い直すようなライブを振り返る過程で、「大切な要素なのに、見落としていたことに気づいた」設定がコレ。ライブテーマが衣服やおしゃれに関わるものであるのだから、彼女はテーマ的にも来るべくして、このライブに来たんじゃないかと、ふと思った。

 

 身長、年齢、出身地、趣味・特技、そして所属。キャラクターを浮かび上がらせる様々な要素を楽曲を通じて明らかにしたうえで、「Tulip」と「ラビューダ♡トライアングル」のように、新しい表情も付け加えていく。この繰り返しを一言で言い表すとするなら「採寸」という言葉がハマるんじゃないか、そう思う。

 気になったジーンズを選んで、物差しをあてがって、自分に合うような裾の長さに合わせるような、僕の記憶にもあるそんな作業。キャラクターが複数いるコンテンツで「どんな子が居るんだろう」と見定めていく作業は、これにとても似ているような気がする。

 

 その「採寸」を、シンデレラガールズというコンテンツが、喜多日菜子というキャラクターが僕の内面にもするように迫ってきた一日。「日菜子のどこが好きなんですか?」(←割と言ってもらいたい)「キュートという概念のどこがいいんですか?」「昔好きだった女は?」といった問いかけの末に、僕にはKawaii make MY day!」という定番の服と、「認めてくれなくたっていいよ」というトレンドの服が仕立てられてきた。セットリストの流れとしては、「Brand new!」と「お願い!シンデレラ」が最後に仕立てられた「トレンド」と「定番」の服。この服をどう着飾るか、それはこれからの自分次第なんだろうと思う。

 

 シンデレラガールズというコンテンツが、これから先、喜多日菜子に、そしてもうひとり、喜多見柚にどんな服を仕立ててくれるのか。しばらくは行く末を見守っていける活力を得た、そんな2日間。とても良い時間だった。

 

 あとは僕がふたりにどんな服を着せたいか、という妄想も再開させた。無限に貯まっている「柚に、日菜子にカバー曲選ぶなら"コレ"リスト」、それがいつか火を噴くときを信じている。シンデレラガールズ、頼みます。

 

ーーーおもいでーーー

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新幹線で降りたのははじめてでした。
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ナナちゃん、久々にみたけどやっぱデカかった。

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一応観光らしいことも。

でらます企画、丹羽仁美というキャラクターの解像度をここぞとばかりに上げていて身内のオタクが嬉しそうだった。f:id:island7beauty:20220910132344p:image

 

ライブ後即決したスカチケ。俺の答えはコレや。

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楽しい2日間をほんとうにありがとう。

 

1/50を追い続けて、引っ張られて~10th Anniversary Celebration Animationと喜多見柚にまつわるエトセトラ

 「引っ張られたい女と、引っ張りたい女が居るから」

 


 普段仲良いと僕が思い込んでいる人間たちに「どうして未だにシンデレラガールズのゲームを続けているのか」とよく聞かれることがある。(僕もどうしてそんなゲームまだ続けてるの、と彼らに言いたくなるときが多いが…まぁ、大人なのでね…)基本的には「Oh…I'm Cygames dog…」と返しているのだが、真の答えを出すとするならば、これ。

 


 引っ張られたい女というのが喜多見柚

 引っ張りたい女というのが、喜多日菜子

 


 シンデレラガールズというコンテンツの裾にしがみついている僕が、それなりに大きめの感情を持っている2人のキャラクター。同じように見えて少し違ったスタンスをしているので良い感じに飽きが来ない…というのがここまで保っている要因なんだと思う。

 

 そんな彼女たちに大きな出来事が、2週間立て続けにあった。少なくとも僕の心をぐちゃぐちゃに引っ掻き回すには充分すぎる出来事。その記録を残していく。

 


 まずは引っ張られたい女、喜多見柚から。

 

 


 ふいうち

 


 必ず先制できる(優先度:+1)。相手が使う技が攻撃技ではない場合や、優先度などの関係ですでに攻撃を終えていた場合は失敗する。相手が『ねむり』『こおり』状態でも攻撃技を選択していれば成功する。(第6世代は威力:80)

 


 おいうち

 


 相手がポケモンを交代する時に攻撃すると、交代前のポケモンに2倍のダメージを与える。

 


 極悪コンテンツ、アイドルマスターシンデレラガールズからタイプ一致の2つの技を同時に食らってしまった僕、コンテンツの亡霊、ゴーストタイプ。弱保もなければ襷もない僕の耐久では受けきれなかった。

 

 8月28日に公開された、CINDERELLA GIRLS 10th Anniversary Celebration Animation 「ETERNITY MEMORIES」、その17分22秒頃からの映像。そして後半の「EVERLASTING」


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 心臓から手が生えてスクランブルエッグを作り始めるかのように、心をぐちゃぐちゃに掻き回された。

 そのあとに別のイベントに行かないといけないのに、推しを目の前にする直前なのに、心の切り替えが出来るのか不安になってしまうくらいの爆弾がそこにはあった。

 


 アイドルマスターシンデレラガールズというコンテンツの、裾を引っ張り続けている大きな2つの理由の片割れである喜多見柚というキャラクター。

 10年の節目を迎えたコンテンツの「メモリーを拾い集める役目を任された彼女が、パートの主役として動く姿。久しぶりに聴いた「思い出じゃない今日を」、そしてサプライズは、CDとしてリリースされた音源とは違う、武田さんが歌唱している「EVERLASTING」の音源。

 


 このコンテンツ、個人の感覚では50回に1回くらいしか褒めることが無い展開をしてくるけれど、その「50分の1」に今回も敗北を喫してしまった。このアニメーションは、それくらい「僕にとっての」思い出ボムとして良くできていた。(キャラクター全員に寄り添えているか、という問いの最高回答とは言い難いので「皆見たほうが良い」とは口が裂けても言えないけれど。)

 

 そんなアニメーションで語られたのは、「過去も未来も、観測者(≒プレイヤー)にとって、無限に存在する」ということ。正史通り順を追っていかなくとも、後付けの知識でも、それを否定しないスタンスの表明ともとれるこの一節が心を軽くしてくれた。その反動でこの文章が構成されている。

 


 というわけで、前回に引き続いて昔話。

 


 喜多見柚をキーに出会った50分の1の「良いこと」について書いていく。

 

 冒頭、柚が招待状を受け取ったスノーマンの衣装。僕にとっては「お隣が総選挙とかいうのやってて、気になったキャラクターを特訓させたらいきなりコスプレしたんだけど…」という戸惑いに似た思い出が浮かんでくる。

 


 着ていた水着のカードをはじめてみたときの感想も「水の表現が丁寧だなぁ」くらいのものだった。

 この通り、始まりはホントに薄い「感想」程度しか得ていなかった存在が喜多見柚だった。ショートカットという性癖を頼りにピックアップしたキャラクターの中で、いちばん声が付きそうな子は誰だろうという検索と詮索の着地点が彼女だっただけ。

 

 「コミュとか歴史とか他人の解釈とかにもほとんど触れてないのに、面白そうという理由だけで2年続けて、しかも2年目はバイト代の半分を突っ込んでまで票を入れた女」が、特別な位置に居ない訳がない。「シトロンデイズ」のカードではじめて声を聞いたときの、今でも思い出せる感慨を引き鉄にして漸く、彼女と対面で向かい合う姿勢を取ることになった。

 

 この一年後に。

 

 このボイス発表のすぐあとに、心の底からシンデレラガールズ(厳密に言えば、それに関わっているオタク)が嫌いになる出来事が起きる。コンテンツが提供する、50分の1の良いことが立て続けに降ってきて、勘違いして25分の1くらいのペースで求めるようになってしまったが故の苛立ち。当時の好きなキャラクターに対する負い目もあって、接することを控えていた。

 

 そんな場所に戻って来るきっかけは、やはりノリと勢いだった。

 THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS SS3A Live Sound Booth♪。友人から「え、行くでしょ?」と言わんばかりに手渡されたライブ・ビューイングのチケット。アルバイトのシフトを捻じ曲げて参加したこのライブではじめて「喜多見柚: starring 武田羅梨沙多胡を観た。

 


 一言で言ってしまえば、溶けた。

 喜多見柚としての声を聴いた脳と、コンテンツに対して感じていた閉鎖的な気持ちの双方が、文字通りに。

 

 あまりにも再現度の高い喜多見柚の代弁者として、この先何度も何度も自分の中で勝手に勝負を挑んでは敗北を喫することになるこの女性とのはじめてのマッチアップは、やはり、というべきか。余りにも清々しいほどの敗北だった。

 

「担当じゃないけど」それなりに好き、

「担当じゃないけど」お話は読む、

「担当じゃないけど」ライブは観に行く、

「担当じゃないけど」イベントはそれなりにやる。

 


 ことあるごとに「担当じゃないけど」と頭に付けて接するスタンス。「いや、別に(好きな推しいるし)コレにはまだ負けてねえから」と言いはじめたら大抵もう負けているという斜構のジンクスの始まりは思い返すと、彼女にあった。

 


 その中途半端な距離感に蹴りがついたのは7th幕張のあと。

 今見返すと小恥ずかしくなるくらい青い文章(中の人のことらりちゃんって呼んでたんだ、今はどの女性に対しても伏字なのにな…)だけど、ここに推しを公言するまでの逡巡を超えた瞬間が詰まっている。

 


 「面白そう」だからシンデレラガールズに手を広げた僕と、「面白そう」がきっかけでアイドルになったひとりの「なんか生き様が似てる」キャラクターとの引っ張り合いの中に身を浸していたい。

 


 このとき抱いた感情は、完全に枯渇することはなくここまで来た。50分の1のペースで、良いことを受け止めて、飲み込んで、吐きたくなったら今みたいに文章を書いて。他の誰かと殴り合うのをやめて、概念とだけ殴り合うスタンスがこの日を機に始まった気がする。このあくまで一対一のスタンス、良いように見えてだいぶ危ない橋を渡っていた。

 解釈について意見を求めたくなっても、投げるボールは受け止めてくれた「気」になるしかない。50分の1をひとりで壁打ちしながら待つ作業は、子供の頃おじいちゃんが教えてくれた緑内障の症状のように視野を狭めていった。

 

 そんな日々が続いていたときにやってきた50分の1。それが「思い出じゃない今日を」。ロックでもなく、ポップなんてもんでもなく、ましてヒットの兆しの無い、ただ彼女の思いを走らせた、単純明快な「独白」

 

 ずっと近くにいたのにはじめて会話をしたような不思議な感覚に包まれて、たかがゲームと思って接していた概念に吐き気を催すほど泣かされたあと、無性に誰かと話したい、言葉を紡ぎたいという気持ちにさせられてしまった。ずっとボールを投げ続けるだけの概念とはじめて交わした「会話」の延長戦の如く、マイク越しのオタクを喜多見柚に見立てるかのように「あの日、あのとき、あんなこと」を話した。ひとりで向き合い続けた時間の総ざらいを夜中の2時まで受け止めてくれたオタク…いや友人がいることに気付いたのは、50分の1の中にあった大きな副産物だった。

 

 同担という概念を意図的に避けまくって、孤独なはずだった僕にも、こんなに好きを曝け出しても「大丈夫」だと思える人間が、身近にたくさん居る。それに気付かせてくれた存在に、いつか、何かを返したいという気持ちが芽生えていた。

 


 あまりにも一方的だけど、驕りに近いけれど、それを達成できたと感じているのはイベント「パ・リ・ラ」。50回に1回もあるかどうかという柚のいる新ユニットの楽曲。

 

 友人たちとの楽しい思い出を、忙しくなりつつあった仕事の予定をほんの少し犠牲にしてでも、アイコンにしている喜多見柚という存在をとにかく上に連れていきたい。引っ張られるだけの立ち位置から引っ張る位置へ、少しだけスタンスを変えた。


 ミリシタ、という名前のゲームの、とあるラウンジで出会った友人が、「担当のイベントで、自分の担当のアイコンが10傑(上位10人)に居ないのは悔しい」と言っていた。理解することを心の中で避けていたはずの彼の気持ちが分かる日が来てしまった。絶対に負けたくない、絶対に柚のアイコンを僕が残す。その気持ちが222時間のいちばんのエネルギーだった。

 

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 その先に掴んだ6位。彼女との因縁を作るきっかけになった総選挙と同じ数字。不思議な縁のある場所に彼女のアイコンを刻めた嬉しさもあるが、そのときの総選挙の彼女の順位は5位だったから、「喜多見柚という概念に、一生一歩先に行かれて勝てない」ことを暗示されている気がした。

 その証明が10th。両日チケットを持っていながら中止になった沖縄公演のやるせなさを超えた先に、「この日しか行けない」と参加したファイナル2日目に披露された50曲の1つが「パ・リ・ラ」。柚が、武田さんが歌うこの曲を聴いて、頑張った先に得られた特大のリターンにまた敗北を喫した。「always」という柚のはじまりの曲とともに、いつかのライブで得た「前からも後ろからもギュッとされて圧死する」感覚に襲われた。

 

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 そんな10thファイナル公演、喜多見柚というキャラクターに出会ってからの担当じゃない時間、担当になってからの時間でいちばん思い出深い瞬間を切り取ったこの日を超えてから、どうこのコンテンツに、喜多見柚というキャラクターに向き合うか困っていた。惰性でログインだけ続けているスターライトステージ、閉じていくことが決まったモバマス。もうひとりの担当、喜多日菜子は次のライブで見届けられることが決まっていたから、余計に「どうしよう」という気持ちが膨らんでいた。

 

 そんなところに投下されたのが今回の爆弾だった。今まで散々待ち焦がれた50分の1。そんなアニメでソロ曲がフィーチャーされる190分の1、そしてEVERLASTINGの歌い出しを担う3分の1。大学生のときに何度もハマった319分の1より遥かに薄い確率を引けた喜びが心にストックされ、僅かでも出来ることを続けよう、という気持ちに青い「進め」ランプを灯した。進んだ先には、手を伸ばして待っている彼女がいる。 

 


 cg_ootg2日目、ライブ後に発表された次回ライブの出演者の中に喜多見柚という文字を認めて、次の50分の1を無事に迎えられたらいいな、と考えている。

 

 最後に彼女の、一番好きな台詞を。

 

 伸びすぎてついていくのが厳しくなってきたけれど、どうにかついていけるように。

 

 いつか「あこがれ」と表現した彼女に対するこれからのスタンスは、こんな感じで。

 

 

The heart without "Training wheels"

*やるせない気持ちを表に出さずにいたらパンクしてしまうのでこの場があります。

 

 というわけで普段、表には出さないことをバンバン書いていく闇の回。今の自分を形成する上では欠かせない概念が手から離れて行きそう、という話をしていこうと思う。

 

 CUE!、そしてモバマス

 課金額や順位とかいう可視化出来る「コレだけやった」という指標は伴わないけれど、そのくせに奥底に染み付くような思い出を残した、終わりが見えているコンテンツに対して思うことを書いていく。

 

 

・CUE!


 僅かな望みまで断たれてしまった。


 CUE!のサービス再開の断念、その一報を聞いたのは電車の中だった。吊革を握っていた手から握力が抜け落ちて、背を扉に預けて、大きなため息をついた。

 

 2020年、先行きの見えない日々が続くなかで不意に出会ったコンテンツ。

 好きな野球選手と同じ名前のついた生き物を飼っているから、というとんでもなく突飛な理由で推しを決めた、あまりにも適当すぎる入り口の人間には見合わないほど沢山のリターンを貰ってきた。

 

 楽曲、ストーリー、世界観、ライブ、癖に刺さる「時間の流れ」がテーマに据えられたような展開。

 

 何よりいちばん大きかったのはコンテンツという器を「好き」と明言出来る感覚をミリオンライブ以来に味わえたことである。もちろん盲目的な、「アイマス最高!」とライブの後に高らかに声を上げる30代前後異常独身男性的な思考ではなく、はしゃぐ子供が頬にソースを付けていたら「もう、しょうがないんだから」と拭ってあげるような温度感。そんな目線で見守っていた。

 

 だからこそ、それなりに遊べるくらいのカードプールと、ゲームの知識を揃えた矢先に飛び込んできたサービス停止の一報は、手紙の結びの一節で気付いた誤字のように小さく、しかし暫くは引きずってしまう痛みを残した。

 

 手紙に小さな誤字を認めたあとの書き手の反応というのは、相場が決まっている。

 

 まずはそのままどうにか直そうとして、結局は新しく書き直す、というのがそれである。サービス停止のあとのCUE!の進み方はまさに同じようであった。キャラクターの生きる世界にも、時間が存在していることを想起させる催しをしたと思えば、放送開始したテレビアニメでは、流れたはずの時間は置き去りにされていてしまっていて。「僕の中ではこう」と定まったキャラクター観や世界観を少しでも進めて欲しいという気持ちと、か細くなってしまった供給とのすれ違いが、手放したコンテンツ(まぁ言わないでもわかるでしょうけど、アレのことです。)にあるデジャヴを誘ってきて、苦しい気持ちに何度となった。

 

 そんなモヤモヤを抱えながら参加した3rd partyでは「start a new line」、「改行」と銘打ったライブで先に述べた「推し」である六石陽菜を、彼女を演じる内山さんを見届けた。気持ちの切り替えには充分だった。切り替えられずに追うことを放棄した過去の自分へのアンチテーゼ2割、どう転んでも、どんな描かれ方でも六石陽菜というキャラクターが好きだと気付いた気持ち7割、その他1割。テレビアニメが終わってからの展開がどうなるかはわからないけれど、手の届く範囲はこれからも拾っていこうと思えた時間だった。

 

 それから2ヶ月と少し。

 拾えるものすら僅かだという宣告がなされてから、あっという間に1ヶ月が過ぎようとしている。この間、作中のチーム、Birdのリーディングライブが開催された。

 「キャラクターの好き=中の人好きという構図が成り立たないコンテンツ」でもあったCUE!で、はじめて集中して「中の人の好き」のほう、赤川千紗というキャラクターを演じる宮原さんを観た体験。今までのCUE!のイベントとは少し違った視点ー世界観、キャラクター観を控えめに、演じる姿をいつもより強めに焼き付けてーで楽しんだ。と、同時に、こんな機会はもう訪れることはないという喪失感が込み上げてきた。きっと最後は、六石陽菜を、それを演じる内山さんを見てしまうから。

 

 この日の台本に目を落とす宮原さんの姿を頭の中で反芻させながら、このコンテンツでしか味わえない葛藤に身を預けていた。

 

 Xデーまで、あと少し。

 後継が決まっていたあの頃の「終わり」とは違う、絶対的な「終わり」を味わう先の未来の僕が、少しでも前を向いていられるよう、最後の覚悟を決める過程をここに置いておく。

 


モバマス

 

 大政奉還の報せを聞いた当時の人間の気持ちを仮想体験するような気持ちにさせられたのがこの一報。緩やかに死が近づいていることは分かっていたとはいえ、実際に銃口を突き付けられるとお話は変わってくるらしい。

 

 10年の歴史のなかで意識して触った期間は合わせて3ヶ月あるかないか、という典型的なアイドルマスターシンデレラガールズデレステしかやっていない」タイプの人間である僕なのだが、その3ヶ月が無ければ、ミリオンライブに蓋をしたあの日、蓋をされたのは「ミリオンライブ」ではなく「アイドルマスターだったと思っている。

 

 まずは2021年7月。このゲームで唯一、2000位以内に入れたら貰える上位報酬のカード目当てで走った「LIVEツアーカーニバル 友星公演 ~夢とあなたと芽吹くタネ~」喜多日菜子というキャラクターが主役でないと成立しないストーリー。この期間だけは確実に、彼女はこの前時代的なシステムのゲームの主人公であった、と思えるような一週間だった。

 

 そして数年前、第6回シンデレラガール総選挙

 「なんかお隣が面白そうなことやってるらしいし、なんか声とか付くらしいよ〜」という、今の身内数人にタコ殴りにされそうな理由で適当に票を入れて、負けた第5回。

 

 当時は「まぁ、こんなもんか」とドライに受け入れていたが、一年が経つと日に日に「なんか負けたままなのは嫌だし、少しくらいやるだけのことやってみるか」と票をかき集め、その月のバイト代の半分を突っ込み。その年の第5位にランクインした「喜多見柚」という文字を認めたとき……は意外とあっさり「お、やったね♪」くらいの気持ちだったのだが、その後に登場したカード「シトロンデイズ」で、彼女のボイスを初めて聴いたとき、スマートフォンを握っている手が拍動よりも明らかに早く震えていたことを覚えている。

 

 この当時は柚に対しては「担当」という気持ちはなく、「まぁ、好きかな」くらいの立ち位置で、彼女の出てくるシナリオも網羅しているわけでは無かった。それでも込み上げてくる感慨は今まで惰性で触れていたアイドルマスターに対して抱いたことのないものであった。この半年後くらいにシンデレラガールズと一時決別するのだが、約一年後、じっくりと新たな歩みを始めたとき、リスポーン地点には紛れもなく、喜多見柚という存在を携えていた。

 

 今の僕は、モバマスというゲームは全く触っていないし、もしかしたらサービスが終わるその瞬間まで、全く触ることが無いかもしれない。

 ただ、ほんの少しの時間、じっくり向き合ったこの2つの出来事は、間違いなくコンテンツの端を掴み続ける要因になっている。

 

 CUE!、そしてモバマス


 自分なりの距離感や付き合い方、世界観が固まって、忘れかけていたときに記憶を呼び起こしては自分の青さに身悶えしてしまいそうになる2つの概念。それらが失われると聞いて、「新しい好きの受け入れ態勢」に慣れつつあった心にブレーキがかかり、地面と車輪の摩擦で出来た文章がコレ。何かを書くことは、どうやら受け入れがたい状況に直面したときの防衛機制になっているようで。


 この文章を書くために意外と昔から残していた自分の気持ちのログを覗いてみたら、

 

「声優の名前、長くね?」

 

 という一節があって、思わず吹き出してしまった。察しの良い方なら分かるでしょう。武田羅梨沙多胡さんのことです。


 はじめて味わった感慨の隅っこにポツンと置かれた気持ち。その一節のあとには、「なんかピッタリな気がする」と続いていた。この「なんか名前長いけど、スッとハマった演技の持ち主」にこのあと何度も心をズタボロにされることになる。CUE!で出会った内山さんもそう。

 

 そしてこのふたりとの出会いは、今の好きに繋がっている。内山さんが陽菜を演じていなかったら、DIALOGUE+を観に行く決断も、宮原さんのパフォーマンスに出会うことも無かったし、武田さんが柚を演じていなかったら、大阪のイベントに行くことも、篠原侑さんという新しい沼に落ちる事も無かった。


 ふとしたきっかけで触れて、出会ったコンテンツの好きなキャラクターの「代弁者」ともいえる存在に非常に恵まれていて、その出会いが新たな出会いを産んで、かけがえのない好きに辿り着く。まもなく展開が閉じてしまう、というマイナス以外にもこの二つのコンテンツに共通しているポイントに、改めて気づくことになった。

 

 当然、触れられなかった時間や味わえなかった世界に後悔がない、と言ったら嘘になる。六石陽菜以外のストーリーは断片のような記憶しか無いし、喜多見柚のユニット、フリルドスクエアのイベントは億劫になって走るのを途中でやめてしまった。プレイヤーとしては言及するのを憚られるくらいの浅さがある。

 

 ただ、それでも「大好きになる過程」がたくさん詰まっていて、今まで繋がっている場所が消えることがとても惜しい。という気持ちを置いておきたかった。

 言ってしまえば、新しい何かに出会うための補助輪のような役割を果たしてくれた2つのコンテンツ。

 すいすいと心の赴くままに走ることが出来ている今のうちに、いつか転んだときの自分が、補助輪の存在を思い出せるようにこの記録を残しておく。

 

 

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「新世紀の〇〇ソング」 〜知らない「音」を浴びに行った記録~

 何もそんなに暑くなくていいんじゃないか、と思うような太陽。

 

 こんな季節が来るたびに思い出す光景がある。中学生のときの、野球部の新チーム初戦。太陽と重なった打球を見失って負けてしまった日。

 下級生からベンチ入りしていた僕が野球ではじめて味わった挫折。

 

 「あの日、僕がレフトフライを上手に捕ったとして」

 

 生きていると「あの日、こうしていれば…」という「if」を思い返す機会がある。今回はそんな、「if」の選択があり得たお話。

 

 「あの日、僕がノリと勢いで生きていなかったとしたら」、体験出来なかったであろう「音」にまつわるいろいろな出来事について書いていく。

 

・4U 2nd Live Tour Daze forU!! 山梨公演

 

 ノリと勢いで生きてたら気付いたら山梨県に居ました(照

 

 Tokyo 7th シスターズ、通称ナナシスのユニット、(なんか違う呼び方あった記憶あるから調べてみたらユニットだかエネミーだかライバルだかややこしくて分からん!)「4U」の単独ツアー、その追加公演となる山梨公演に参加した。この週末は土日共に急にチケットが降ってきて、その度に「ノリと勢いで生きるの辞めたい」と呟いていた。いやマジで。え、前日?う〜ん、「そうでもない」。

 富士山にほど近い、時折吹き込む涼しい風を浴びることが出来る半野外のステージで得られた、とびきりホットな夏の思い出を記していく。

 

 車窓から流れる景色に、少しだけ古傷が痛んだ富士急ハイランド。つい最近「蹴りをつけた」気持ちを置き去りにするかのように、ひとつ先の河口湖駅停留所でバスを降りると、迎えてくれたのはそこそこ見覚えのある女性。


 

 街を巻き込んだ思った以上に大掛かりなお出迎えを抜けた先の河口湖ステラシアター。連番者からは「フリ素の覚悟をしておいてね」と告げられていたチケットを開くと2列目。いや近い。これ前日にノリで行くわ〜wとか言ってるヤツが握っていいチケじゃない。2月の立川のアレ以上、5月の大阪のアレ未満といったところの距離感。しっかり目に焼き付けるかぁ〜という心持ちは即座に裏切られることとなる。

 

 ハモリが綺麗で夏っぽ〜い、イイね!と感じた「ワタシ・愛・forU!!」。ここまではまだ人間の心があった。だがその次、

 

「TREAT OR TREAT?」

「Lucky⭐︎Lucky」

「メロディーフラッグ」


 馬鹿でしょ(褒め言葉)としか言いようがない叩き込み方。この日の3週間前に間接的に僕の精神を苦しめた吉岡茉祐さんがまぁ目の前で煽る煽る。あんな演技の後に同じ人がコレだけ真逆のハジけ方するの、感情がFUJIYAMA。そんな気持ちで観ていたとはいえ煽られたら跳ぶしかないので跳ぶ跳ぶ。よく「明日のことは考えずに〜」とMCでアーティストが言ってくるが、4曲目の時点で「お前たちに、明日は無い……」と宣告してくるのは久々の感覚だった。

 


 序盤の畳み掛け(MC挟んでたけど普通に息切れしてた)のあとは各キャラクターにフォーカスした楽曲。そういやこれキャラクターコンテンツだったな……と思い出させてくれた。

 現地で聴くのははじめてだった「青空emotion」「パフェ・デ・ラブソング」。そしてやっぱり私がど真ん中よ!と言わんばかりに雪崩れ込んだ「ROCKな⭐︎アタシ」。フロントマンがドンドン引っ張るというより、個が主張し合って不思議に調和しているユニットなんだろうな、という印象を得られた。

 


 続いてコンテンツの他のユニットのカバー曲パート。意外と昔行ったナナシスのライブのことも覚えているもんだな〜と思いながら振りコピ(バンドなのでコピーする振りも何も無いが)を3曲ほどこなした後、流れてきたのが「夏のビードロ⭐︎シンフォニー」。この日がほぼ初見のこの曲、何というか"癖"の塊のようで一瞬で魅了されてしまった。


 その癖の根底にあるのが「爽やかさと棘っぽさの両面」を表す概念。

 僕の敬愛してやまないバンド、Base Ball Bearが多用する「サイダー」という概念がコレにあたるのだが、この楽曲のビードロも似たような概念だと考えている。

 


 まるで水のような顔をしながら、喉元を刺すように走るサイダー。

 透き通った美しい見た目をしながら、つんざくような音を鳴らすビードロ

 


 爽やかさを絵に描いたような見た目をしていながら、触れるとチクりと刺してくるコレら二つの概念。青春真っ只中の設定のガールズ・バンド・ユニットが歌うにはあまりにも絵になりすぎる。そんなことを思いながら、目に入れるとチクリと痛い、これまた透明な概念、シャボン玉の演出に包まれた3人を見つめていた。

 


 そんな感傷を引き摺ってアコースティックパート。半野外の会場の特権と言うべきか、夕焼けが3人の背中を照らして放課後の校舎の音楽室の片隅めいた空間が形成されていた。合唱コンクールの前の練習ってこんな風景だったよなぁとオタクに染まる前の僅かな甘酸っぱい記憶を辿りながら、「Hello …my friend」「プレゼント・フォー・ユー」に耳を傾ける時間。長縄さんの横顔がとっても良かったなぁ、と、しみじみ。


 まるで心の天井についた染みを数えるかのようなほっとしたひととき、そこに「ボンヤリしてんじゃないよ!」と喝を入れられた本編ラストパート。回復した体力を根こそぎ持っていかれて行かれた。ラストナンバーは新曲の「Daze for U‼︎」。最新の私たちが最高と言わんばかりの締め。楽しいの一言に尽きる時間だった。

 

 アンコールを待つ前の幕間の映像でひとしきり笑った(本当にめちゃくちゃ面白かった)あと、ステージ上をふと見ると和太鼓。映像にあった「やりたいことリスト」のひとつ、「盆踊り」で一気に会場は夜のお祭りモードに。そこから「一曲だけ」とアンコール披露。「メロディーフラッグ」でキレイに幕が閉じた…

 と思ったら鳴り始める「TREAT OR TREAT?」のイントロ。加減を知って欲しい。「もう一曲やりたくなっちゃった」とか言い出してガラスのブルースのイントロ弾きはじめる藤原基央か何かかな?こうなったらもう歯止めが効かないのが4U。「LOVE AND DEVIL」「Daze for U!!」を叩き込み、後に塵すら残らない完全燃焼。息も絶え絶えで空を見上げると、この夏最初の花火が打ち上げられていた。

 


 さて、4U、というかナナシスというコンテンツについて。この日でライブ自体は4回目の参加になったのだが、確実に言えるのは「雑に行っても絶対的な楽しさが保証されている」ということ。

 


 ただ4Uが他のユニットと違う、と感じたのは良い意味でのフリーダムさ。コンテンツであることを意識させることに徹した作りの普段のナナシスのイメージで参加したのであまりにも「アーティスト感の強いライブ」に面食らった。きっとコンテンツという枠組み以上に、ライブという体験に重点を置いて、「ライブが楽しい」と思って帰って貰えるように作られているんだな、と感じた。




 コンテンツの知識や思い入れなんてこの日の連番者に比べたら無に等しく、曲しか知らないような状態にも関わらず、4日分の筋肉痛が襲ってくるくらい楽しんだ。それくらいのライブ、いや、エクササイズ。是非とも多くの人に体験して欲しいと思うばかりである。ありがとう4U。

 


・DUSTY FRUITS CLUB  TOTAL CONTRAST VIVID COLOR NIGHT

 


 時は遡ること5月。

 

 新しく好きになった概念を一度観てみようと足を運んだウマ娘4th。

 そこで披露された「winning the soul」、僕の目線はステージの一点に注がれていた。

 


 キタサンブラック役、矢野妃菜喜さん。

 


 その横に居るさいと…Machicoさんのパフォーマンスが図抜けているのは何度も観てきたから分かっていたが、まさかそれに匹敵する、いやそれ以上のパフォーマンスを横に並んで見せつけてくる存在がいるなんて、という大一波、そんな人が虹ヶ咲ではステージで踊って歌う側ではない、という第二波。この2つの衝撃から、「この人のパフォーマンスを、どこかで一度観てみたい」という気持ちが生まれた。

 

 と、いうことで調べてみたらウマの日のちょうど3日前にソロライブをやっていたというバッドタイミング。しかもその日はCUE!と重なっててどちらにしろ行けなかったし、更に僕の半生を共にしたBase Ball Bearのドラマー、堀之内大介氏がサポートメンバーで参加していたとのこと。なんというか、観たいものがここまで噛み合わないかぁ〜と思わずにはいられなかった。

 


 が、ある意味リベンジのような機会は、思ったより早くやって来た。

 それが今回参加したDUSTY FRUITS CLUB「TOTAL CONTRAST VIVID COLOR NIGHT」。矢野さんがボーカルを務めるロックバンドの2days公演、その2日目の感想を綴っていく。

 

 「これぞライブハウス」、と言う空間に立ち入るのは、いつ以来だろうかと記憶を辿ると、鹿児島の繁華街の灯りを思い出してしまうのは、きっとこの会場に一人と居ないだろう。そんな気持ちを抱えて入場した渋谷REX。久しぶりの「オールスタンディング」という言葉の響きに、自然と胸が高鳴るのを感じていた。

 

 開演前のジングルが大きくなり、バンドメンバーが各々楽器を手に取る。間もなくして姿を現したのが今日のお目当て、矢野妃菜喜さん。

 この日の会場の中でオタクとしていちばん浅い自信があった僕でも、「あ、何か役に入り込んでいるときとは違う顔だ」と気付くことができた。いつか観たライブでの、ベースのチューニングを終えて一息ついたあとの関根史織さんのような雰囲気。今から音楽を届けるぞ、という女性の顔はどこか似るらしい。

 

 そんな余計なことを考えていると静かにイントロが鳴りはじめた。「Beautiful Pain」。メロディが進んで行くたびに少しずつ音が重なっていくビルドアップを感じられる楽曲。ギター、ドラム、ベース、様々な楽器の音の層に鍵盤の音が合流した1秒ほど後に拳を突き上げた矢野さんの情熱的なシャウト。フロアを温めるにはもってこい。ここからアップテンポな楽曲が束縛からの解放を求めるかのような「Scream!」まで続いていく。この楽曲、まさに色々な鬱憤ばらしのようにバンドメンバー含めた会場全体がヘドバンをしていたのが印象的であった。MCで言ってたけど、そりゃあ首も動かなくなるよな……

 

 アップテンポな楽曲のパートが終わってからはバンドとしての手札の幅広さを見せつけるかのような展開が進んでいく。どことないファンクを感じる「Simple life」、バイオリンの音を加えた「勇気のかけら」や息遣いまで聴こえてきそうな「ひとりでも大丈夫」といったバラード、他の楽曲のデジャブが何度も訪れて、曲の中で3曲くらい連続で流れているんじゃないかという感覚を覚えた「Don't stop the music」。音の表情を代わりに伝えるかのような矢野さんの表情の移り変わりと、純粋に良い演奏を楽しめた。

 

 そして「明日のことなんて忘れて楽しもう」と言わんばかりの畳み掛け。フロアが跳び上がる人と人の間隙を縫って視界に入った「ROCKSTAR」で拳を突き上げる矢野さんはまさに「ロックスター」のようであったし、タオルをこれでもかと言わんばかりに回した「アルジェの夏」、そしてアンコールの「next Sunday」。心地よい疲労感とともに次の日曜日に向かうパワーを受け取ることができた。

 


 そのあとにダブルアンコールのサプライズ。披露されたのは「Beautiful Pain」。

 「いちばん最初に披露した曲を、最後にもう一度披露するライブに外れはない」と知り合いの誰かが言っていたことを思い出した。

 


 それはきっと、その日浴びた体験のダビングと、一回目と二回目の音そのものの違い、そして最序盤の緊張と終盤の解放感のギャップにより産まれるんだろうな、と気付けたのが、表現者としての矢野さんを知ることとともに得られたこの日いちばんの収穫だった。

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 ほとんど予備知識なしで臨んだ今回。実際に聴いたあと、果たしてどういった感想をえるのだろうか。出来ることなら近いうちに、またDUSTY FRUITS CLUBの音を浴びたい、と強く思った。

 

・カラオケのヤツ

 

 はい。

 

 真面目なライブレポートはここまで。

 

 さっきまでの「rockin'on」の編集者の面を脱ぎ捨ててオタクショップの片隅に置いてある某雑誌の編集者の顔面にチェンジさせてもらったところで。実は7月頭にはじめて女性声優のカラオケイベントと名のつく催しに行った。そう、オタク収容施設、初収容の日。

 

 ギリギリまで判断を渋っていたが、無茶な予定をこじ開けてでも観に行きたいというポジションに篠原侑さんという存在が収まってしまったようで。

 見てるか立川の最前でニチャニチャしてた2月の僕。お前はその1週間後、予想もつかない方向に舵を切ることになるぞ。

 

 このイベント自体は期待より数段楽しめた。篠原さんの「好きなもの」を詰め込んだ選曲、大切にしている曲を丁寧に歌う様子、後ろのガヤ。後日貰えた私信も含めて心の充電には充分余りあるものだった。123-0、5回コールド。この日も僕は女性声優に勝つことができませんでした。


 さて、本題はここから。


 「音」を浴びに行った副産物として得られたのが、この日の出演者のひとり、下地紫野さんのオタクとサシで会話する機会。Twitterアカウントを変える前からの数少ない知り合いで、「汚点」と切り捨てて言及を避けがちな過去の僕のことも含めて積もる話を沢山した。積もりすぎて時間が足りなかったのでまたお話したいくらい。あ、見てますよね?時間合えば行きましょう。


 ここでの会話、なんというか久しぶりに初心に帰るような気持ちになった。キャラクターに対しては何度も文章で洗い直してきた「どうして、どのように好きになっていったのか」という過程。それを「推し」と呼んでいる概念に対しても当てはめていくアウトプットの作業。直近すぎて過程が鮮明に思い出せる篠原さんから、「そんな時期もあったなぁ〜」と唸ってしまった話まで。この日にアウトプットの練習をしていなければ、イロアワセに対する感想文の半分のパートは完成しなかったと思う。それくらい楽しく有意義な時間だった。あちらがどう思っているかは知らないけれど。

 

 聴きたい「音」に惹かれて集まった場所で、自分の"推し観"を吐き出せた貴重な時間。こういう話をするのもイベントの醍醐味だな〜と思った。


 ちなみにこの日の最大のハイライトはコレ。


「キャラクター契機で気になって個人のイベントまで行って挙句の果てに遠征までしているのにその人にまだ堕ちてないは流石に無理があると思うよ」


 ごもっともです。僕の負け。

 

 と、いうわけで7月。知らない場所で知らない音を聞きに行って色々感じた、考えたことの記録。最後は番外編みたいなものだけど、今の僕にとって外せない出来事だったので、書いて残しておきたいなと。

 

 「あの日、僕が聴いた音を思い出せなくなったとして」

 

 中学生の夏、スコアブックに書いた「レフトフライ・落球」を示す記号のように、見返せばその日に帰れるような場所を作っていきたい、そう思える機会に恵まれたひと月であった。

 

---------おもいでこーなー---------

・今回は音楽がテーマなので。音だけです。

 

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*今回のモチーフになった曲です。

「ミリシタ」を辞めて、半年が経った。(2)

*この文章は、先月書いた文章

 

island7beauty.hatenablog.com

 

 コレの「続き」のつもりです。新しい「好き」を拾う過程で、昔の「好き」にふと寄り道したときのお話。別の記事とくっつけるつもりだったんですけど趣旨がズレそうなので個別になりました。

 

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ミリシタを辞めて、7ヶ月目。

 

765プロASのライブに行った。

 

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 そう、開催は実に4年ぶりらしい(ということは、あのど田舎のガラガラLVで初星観たのも4年前?!)765プロASの単独ライブ。チケットは持っていたけれど、正直あまり乗り気では無かった。


 実際に2週間以上も整理に時間を要した「推しの、推したる所以」に完璧に向き合いきれてない中途半端な気持ち、(コレのこと。この日の時点で文章絶賛迷走中だったので苦しかった。)


 そしてある種の「サヨナラ」を告げたコンテンツのピースである存在を見に行く、というセンチメント。


 「行くべきではないのかもしれない」という気持ちは、当日まで消えることは無かった。身内に挨拶しつつ、知ってる曲が来たら良いな〜程度のモチベーション。

 

 その低いモチベーションに対しては余りにもお釣りが多すぎた。

 

 「リゾラ」「目が合う瞬間」「Nostalgia」「Miracle Night」etc……

 

 雑に7年アイドルマスター触ってるせいで、ほぼコンシューマーをプレイしていない僕でも知っている楽曲たち。「生きてるうちに、コレを現地で浴びれるんだ……」という感慨が、電流のように身体の細部まで走り抜けていった。


 この日の感情のピークはM@STERPIECE。会場中から湧き上がる歓声の中、会場から切り離されているような感覚を覚えた。

 

 このコンテンツに触っていちばん最初の明確な拗らせ斜に構えこそが何を隠そうこの楽曲。(最初が適当に触ったグリーな時点で斜構だろと言われたら返す言葉が無いんですけど……)この曲、実はあんまり好きでは無い部類にいた。


 グリーのゲームを触っていちばん最初に目について以来、惰性のように推してきた箱崎星梨花というキャラクター。彼女が出ていると聞いて物は試しと観た劇場版。そこでの扱いの薄さに気落ちした僕は、映画の主題歌であった「M@STERPIECE」に対して、「推しがモブの映画の主題歌を好きにはなれない」という感情を持ってしまっていた。


 しかしこの日。この曲。数年間の歩みを表現する演者の皆さんのパフォーマンスに感動すると同時に、

 

「どうしてこんな良い曲が、僕に取って"無理"だったんだろう」 という気持ちが生まれた。


 コンテンツ全体に触れて7年、そのいちばん最初に感じた負の感情。ある種の怨念。それが手からすり抜けるのを肌で感じた。

 アイドルマスターミリオンライブと、その中の箱崎星梨花という女の子が好きだった自分」が、自分のはずなのに、遠く離れた人物になってしまったことを突き付けられたような気がした。そんな5分半。

 今まで味わったことのない、不思議な感覚がそこにあった。戻れる場所はあるのに、戻りたい自分は存在しないジレンマ。推しという概念が存在しない、虚ろだけど、不思議と愛おしさを感じるハコを、じっと目に焼き付けていた。

 

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「Th@nk You!」とラベルを貼って、いつでも手に取れるようなところに置いてあったタイムカプセル。

 

「若かった」や「懐かしい」とラベルを貼って地中深くに沈めてしまうのには、まだ時間が必要なのかもしれない。

9ヶ月ぶりに観た、大好きな演技に惹き込まれてしまったお話~「イロアワセ vol.3 〜LiLY whIte〜」

「愛はきっと奪うでも 与えるでもなくて 

 気がつけばそこにあるもの」

 

 このフレーズは、僕が敬愛する詩人のひとり、櫻井和寿氏により1996年に紡がれた「名もなき詩」の一節である。

 


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 物心ついてから、父親の車のカーオーディオで聴き流してきたこの歌詞の意味を初めて考えた時から、「愛とは何か?」という問いを投げかけられたとき、僕はこう答えるようにしている。もちろん、そんな機会は人生で一度も訪れることは無かったが。

 

 ふとしたきっかけで手に取ったはずなのに、気がついたらいつも頭の片隅をときに大きく、ときに小さく蝕んで離さない感覚。僕の中にも、彼の言う「愛」と比べるのはおこがましい気がするが、確かに存在する。

 

 そんな僕の思考の片隅を静かに支配している存在を、実に9ヶ月ぶりに観に行った。その記録をここに残そうと思う。

 

・ROUGH SKETCH ~今回の現場について

 

 今回参加したのは「イロアワセ vol.3 〜LiLY whIte〜」

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 僕の文章をアイドルマスターとかその他のライブの感想以外まで舐めるように見回している奇特な人間ならば、この「イロアワセ」という単語に見覚えがあるかもしれない。ちょっとだけ触れたので。

 

 簡単に言ってしまえば声優、俳優の松田彩希さんがプロデュース(と、言いながら、尋常じゃない量の仕事をする)するイベントであり、僕は第1回目から参加している。

 

 このきっかけも、松田さんと1回目に出演された鶴野有紗さんが出演している「CUE!」のライブ前に演者に少しでも触れておくか、という軽いノリであり、そこで味わった楽しさを引きずったまま、第2回も参加した。第3回もあれば、時間が合えば参加したい、と思っていた。

 

 

 そんな「時間が合えば」は「絶対に行く」に変わった。

 

 軽いノリで触れたコンテンツは、もれなく大きな爆弾が降ってくる、という僕の中にあるジンクス。きっと〇トノ〇〇ヤ〇ン〇にも破れない。

 

 上京してからの約1年と少し、新しい好きを見つけたり、昔からの好きに蓋をしたり、と忙しなく過ごしていたせいで、9ヶ月も間が空いてしまったが、ようやく深川芹亜さんを観に行く機会を得られた。

 何も考慮することもなく(まぁ厳密に言えばギリギリ被りそうなssh……別の女性にニチャニチャするイベントは前日にあったが……そこは、ね?)生身の推しが、キャラクターに命を吹き込んでステージに「イロ」を付けていく様を見届けられた一日。ここからは深川さんだけでなく、多くの演者とキャラクターにより彩られたキャンバスに対する感想と考察、そのキャンバスを作った絵筆のひとつである深川さんに対する感想を書いていく。

 

CANVAS 〜彩られた、「イロアワセ」を観て

 

 第3回目となった今回のタイトルは「LiLY whIte」。

 文字通り「白という色」が全体を貫くテーマのひとつになっていた。一回目から2人→4人ときて、今回は8人のキャスト。その配役が全公演通して変化し、同じ組み合わせが無いように調整されていて、今までより「演技」に比重を置いた公演になっていた。一回目や二回目はどちらかというと、面白くなりそうな要素を詰めて、面白い「イロ」を付ける催しだったので、「演者のパワー」が彩色の主たる要素としてステージを彩っていた印象を受けた。

 

 台本を担当したのは吉岡茉祐さん。あるオタクからそこそこなプッシュを受けていたことと、ナナシスの現地に何度か足を運んでいることもあり、キャストとして以外にも活動している情報は入っていたのだが、創作方面の活動を触れたのは今回がはじめてであった。いや、恐れ入りました。また貴女の作品に、貴女の作品を演じる推しに触れたいです。

 

 そんな台本、物語について。

 

 アーカイブの期間も終わったし映像としての記録も全く無い(松田さん談)とのことなので思いっきりネタバレ&解釈を解放していく。次回このイベントに推しが握られた人々の背中を押すため、また、こんな楽しいイベントがあるんだよ、と伝えるために。

 


・作品のディテールについて 

 

 この作品に登場するのはA-D、そしてAが一人二役として演じる「Aの妹、『リリ』」という5つの配役。彼女らにより『オトモダチコミュニティ』という男子禁制のオフ会をめぐる物語が展開される。

 そんな彼女たち4人にはそれぞれモチーフとなる「花」が存在する。

 Aは「アルストロメリア」「白百合」

 Bは「クロユリ

 Cは「チューリップ」

 Dは「ホトトギス

 花の話が盛り込まれたら花言葉、というのは半ば常套句と言われるとおり、それぞれの花言葉が配役の像と密接に関わっている。後に紹介するあらすじを読んだあとに、是非とも調べていただきたい。

 

 モチーフと簡単な設定を頭に入れてもらったところで、次に進む。ここからはあらすじを斜体で書き、僕の考察や感想を付け加えていく。

 

・ACT1 〜邂逅

 

 彼女たちの邂逅と、「オトモダチコミュニティ」という舞台の説明。Cはそこに「新たな出会い」を求めて参加したことが明かされる。のだが、BとDの会話から、彼女たちはCについて知っているような雰囲気を醸し出している。

 


 短い反応というか、セリフにない「間」がCの異物感、招かれざる客としての属性を付与していた。

 特にDがCを一瞥したときの「…まじか。」という呟き探るような「ふうん」という反応、極め付けはBの「ずっと楽しみにしてたんだ!」という発言。この発言が後に最大の皮肉と分かったとき、息を呑んでしまうこととなった。

 


・ACT2〜融解していく「うわべ」の関係

 

 うわべでは初対面、ということになっている彼女たちは、お互いの様子を探り合っていく。そこで「Cの同性愛嗜好」と「Dが配信者で、CはDを推している」という2つのカミングアウトがなされる。そのカミングアウトが受け入れられたと感じたCは、Aに好感覚を伝えるが、Aからは「無事に帰れたら」という意味深な返答が返ってくる。

 


 ACT2は、視界から得られる一つ目の情報で首を傾げることになる。

 それは管理者によるメッセージ。『オトモダチコミュニティ』の入室条件が書かれた何の変哲もないメッセージだが、その投稿日は2019年12月。作中のオフ会が開催されている2022年7月から不自然に間が空いていることに気がついた。この余白に何かがあったに違いない、という確信を持って物語は続いていく。

 

 そのあとに続くCの語り「管理人さん(A)の顔を見て、素敵な日になると確信した」「好きな人と初めて会った時って、こんな感じだったっけ?」は、物語が進行する上で押さえておくべきセリフである。

 

・ACT3〜役者を楽しむ綿密に練られたアドリブパート

 

 ACT3では、参加者たちがゲームを通じて仲を深めていくアドリブ中心のパートである。そのゲームを終えて、Cは「推し」であるDの人間味ある姿が、出来上がった「配信者としての、崇拝する概念としてのD」とかけ離れたところに失望してしまう。その失望に対して、Cは謝罪を申し込もうとする。

 

 このパートは「イロアワセ」というイベントあるある、と言ってもいい箇所、ゲームパートが存在する。みんな大好き「女性声優のワチャワチャゲームタイム」。流石プロデューサー松田、オタクを良く分かってるね。

 ……とか言いながら台本を後に見ると「Dの勝ち負け」によってセリフが場合分けされていて、一本取られてしまった。完全アドリブに見せかけて、演技という筋は通すという仕掛け。台本は必須アイテム。肝に銘じます。

 

 このシーンで印象に残ったのは「ステージに立つ人間の代弁」のような台詞が散見されたこと。

 Dの「本当は趣味でゲームやってたい。誰かに見せるためじゃなく、純粋に好きなことを好きなようにやりたい」「曲や歌も、事務所が絡む」という点。

 そしてAの「みんな何処かで偽って生きてる。人に好かれるため、身を守るため、化けの皮を被って生きてる。それが人間」という台詞。

 役者って、演者ってこういう葛藤を抱えているんだろうな、という点が読み取れた。もっとも、Aの台詞については役者の苦悩の代弁という意味だけでなく物語の伏線を孕んでいるのだが……

 

・ACT4〜 一つ屋根の下、二つの夜

 

 

CはDの部屋に忍び込み、会話を試みる。Dは彼女の侵入を受け入れつつ、探りを入れていく。コミュニティの募集要項について、彼女がここに来た目的について、そして「白百合」について。その探りはBの侵入によって妨害されるも、Dは Cが「何も知らない、覚えていない」状態にあることを悟り、コミュニティから去るよう勧めるが、Cは Dが似たもの同士(同性愛者)であること、そしてその対象はBであることを見抜き、「代わりになれますか」と誘う。

 その頃、AとBの間にも、同じように、「誰かの代わり」になる時間が流れていた。

 

 

 ここから物語は「転」に入っていき、CとC以外の間に「かつて何かがあった」ことが浮き彫りになっていく。「白百合」「リリ」と呼ばれる概念の提示、そして「推し」であるはずのDの香りを「よく知らない女の人の香り」と切り捨ててしまうCの語りから展開の変化が読み取れる。

 この「よく知らない女の人の香り」という表現は、「知っている女の人の香り」があることを暗に示しており、この場所はCにとって、訪れたことがあり、記憶はなくとも、感覚が生きていてこの場所に赴いた、ということを示しているのではないかと考える。この「鼻・匂い仮説」は僕の考察の一つとしてあとで擦らせてもらうので、覚えておいてほしい。

 

・ACT5〜急転

 

 夜が明け、朝を迎える。

 続々と起きてくる登場人物。その中で最後に起きてきたDは、Cの挨拶を受け入れる。それに対してAとBは騒ぎ立てる。朝日の眩しさに立ちくらむC。そんな平穏な朝。流れてきたニュースは、「花白リリ」という女性の遺体が見つかったことを伝える。

 A「……リリ」

 C「白百合が、死んだ。」

 明らかに動揺しているAとC。Bは何かを決心し、DはCの背中を押して逃がす。Bを止めるA、朦朧とした意識の中、走るC。Cの前には、「誰かは分からないけれど、愛しいと思う」姿の女の子が立っていた。

 

 このシーンでは、散りばめられた物語のピースが一気に集結していく、まさに「転」の真っ只中に感情を預けていた。登場人物の愛・憎・焦。この乱暴に卵黄をかき混ぜるようなスピード感に惹き込まれていた。起承の答え合わせという、考察の余地を挟まない展開。本当に映像が無いのが惜しい。

 

・ACT6~ 狐の嫁入り

 

 意識を失い倒れたCを見舞うBとD。Cを囲む彼女たちの間には、Cの「圧倒的被害者意識」と「記憶の抹消」に対する恐怖が流れていた。

 Dに代わって入ってくるA。被害者意識のないCに手を下す意味を見いだせず葛藤するBは、Aにリリの姿を重ね、少しずつ言葉を零していく。大好きだった「リリ」の面影は薄れるのに、喪った悲しみは消えない。そんなBにAは風にあたってきたら、と提案する。外は狐の嫁入り。化けて「リリ」が出てきそうな、強い雨が打ち付けていた。

 

 ここまで「語り」としてストーリーを進めてきたCが一時退場し、A、B、Dの視座からC、そしてリリという存在について言及される。

 ここで考えたいのは、シーン中盤のAのセリフ「私はもう、卒業していいと思ってる」について。

 この「卒業」とは、どこに向けた発言なのか。

 

 Cという人間の命を断つ決意をここで固めたのか、

 AとBの「仮の関係」を終わらせる決意なのか、

 Dの不埒で、不安な気持ちの後押しをしたいのか、

 それともコミュニティそのものを終わらせるのか。

 

 ここは演じる人がどう感じるかによって変化する見どころの一つであった、と考えている。

 

・ACT7 ~in the past

 

 時は一年前。「オトモダチコミュニティ」のオフ会。

 Cは大好きな「白百合さん」からの愛を求めて参加する。

 このオフ会に幹事として参加していたのがB。Bからはオトモダチコミュニティはかつて「同じ悩みを持ち、集った仲間とお互いをいたわり、愛し、求めるものを返し、感謝する、過ごしやすい楽園」が目的であったこと、Bが「同性愛者」であること、その愛の対象が「リリ」であること、そして「リリ」は「白百合」すなわちAの双子の妹であることが明かされる。

 そのBの「愛する人」であり、Aと「顔が同じ」であるリリはCと対峙していた。愛している人「白百合=A」と全くそっくりであるリリを目の前にしたCの異常性、かみ合わない会話、そして姉であるAが「同性愛者」であるという事実を受け、動揺するリリ。畳みかけるようにCは目の前の女性との「既成事実」を作ろうとする。

 Bはリリがオフ会の会場にいることを知り、また、DからCの異常性を伝え聞き、動揺する。Aとリリの姉妹双方に降りかかった危険な状況と、オフ会を始めてしまった後に引けない状況の板挟みで身動きが取れなくなってしまう。

 そしてCとリリ。リリは「お姉ちゃんを守る」覚悟を決め、Cに「嫌い」と告げる。「愛を享受する」目的でやってきた場所で、受けた否定の言葉。彼女にとって、手をかけるには充分であった。崩れ落ちるリリ。

 そのころBはDの合流を待ち、思いを伝えるためにリリのもとに向かう。それが手遅れであるとも知らずに......

 

 この一年前のシーン。A(リリ)とCの噛み合わない様子や、すれ違う登場人物たちのやりとりや行動に引き込まれていくシーン。人間味の交差するシーンがここから続いていく。

 言及したいのはこの悲劇の起きた要因となるAとリリの取違い。この時点でAとCの直接の接触について言及はなく、判断の手掛かりは他の感覚に頼るしかない。そこで「Aの携帯」を持っていることから、なんらかの探りを入れていたと考える。そこで出てくるのがACT4の「鼻・匂い仮説」。探りを入れるときに染み付いたAの香り。それを感じ取っていたCと出会った「顔が同じ」リリ。厳密には違いがあるのかもしれないが、「恋は盲目」という言葉がある通り、視覚での判断が難しくなっているCはそのまま、リリを手にかけてしまった、と考えた。

 

・ACT8 ~エンディング

 Cが目を覚ますと、そこにはDが居た。「大好きな誰かが居なくなる夢」を見たと話し、「味方になってくれるはず」とDを頼り、愛を受け入れてもらおうと迫るC。それをあしらい、「自分に向けられた愛は、白百合へ向けたものとは違う」「愛に対する見方が、Cと自分とで擦れている」ことを示唆するD。彼女の言葉を受けたCは、「リリの小屋で待っている」Aのもとへ向かう。

 一人になったDのもとにBが訪れ、自らがCに手を下して復讐をする意志がなくなったこと、このことに後輩であるDを巻き込んだことを謝罪する。DはBが手を汚すことがなくなったことに安堵する。

 そのころ小屋では、AとC。ここでAが「殺したはずの」白百合であることが明かされる。

 Cが居なくなってから、時間が経っていることを察したDは二人のもとに向かう。BはDに帰ってきてほしいと伝える。

 再びAとCの対峙。Cに「白百合」であることを伝えたAは「本物の白百合」として、Cの言葉を聞き、聞いたうえで、銃口をCに向ける。最後まで嚙み合わないままの会話。それでも死の間際の「愛する人に殺される、これ以上ない幸せ」は叶えられ、Cは斃れる。

 

 小屋に駆け付けたDはAを責めるが、Aの言葉、表情を見て、納得する。そして去り行くAに対し、「アルストロメリア」(Aのモチーフである)、あなたの歌を書いてもいいか、と問い、Aはそれを受け入れ、「最後のお仕事」を頼んで去っていく。

 

 Dが帰るとそこにはB。何気ない挨拶のなかに、「愛しています」とカミングアウトするD。「おかえり」ともう一度答えるBが見つめあい、舞台は暗転する。

 

 

 Aはリリのもとへ。

 Bは送り出したDが帰ってきて。

 Cは愛する人に命を絶たれ。

 DはBに想いを伝える。

 それぞれが何かしらの願いを叶えた、「ハッピーエンドに一見見えないハッピーエンド」でこの物語は幕を下ろす。

 終末に向かっていく物語のなかの見どころをいくつか。

 

 まずはCとDの会話。

 Cは逃げ道を探そうとしてDを自分のものにしようとするが、「白百合に見える何か」のときのように、強引になり切れず、Dの拒否を受け入れる。このシーンからは「推し」と「愛する人」の違いについて、なにか大事な意図が含まれていると感じた。「愛情を注ぐ」という行為という面では同じなのに、「推す」「愛する」という行為が分かれているように書かれているのは何故か。我々は軽率に「推し」という表現を使うが、そのたびに、というと気持ち悪いので10回に1回くらいは考えてもいいんじゃないか、と思った。そのヒントはD、すなわち「推される側」の「私は結局、どこに行っても一番じゃないんだな・・・。」というセリフにあるのかもしれない。

 

 そして最終盤。AとDの掛け合いにおいて、Aは「いかせて」と言い残す。

 このセリフは台本での表記は「逝かせて」となっているのだが、それを持たない我々客にとっては、どこかに行ったとも、そこで命を絶ったともとれる。些細で見逃しかねないセリフに、文字と、声との伝わりかたの違いを感じて唸ってしまった。

 

 ここまで章ごとに紹介してきたこの作品。

 ミステリー、というわけではないため、考察しうる余白がいくつも存在している。まずは1回目の邂逅から2回目に至るまでの過程に、何があったかが語られていない点。

 どうして2回目のオフ会が開かれたのか、リリの遺体について。

 ACT3の最後、画面に映し出された「Cから白百合あての」メッセージ。

 「私は普通じゃない」~「さよなら」という10個のメッセージは、それぞれどのタイミングで送られたものなのか。

 ACT7で「私より貢献しているかもしれない「あの人」と認識しているCにとっての恋敵」とは誰のことなのか。これに関する、一年前の「AとBの関係性」について。

 そして終盤、AがDに頼んだ、「お仕事」の結果。

 

 このようにぱっと挙げるだけでもたくさん出てくる、語られることのない余白を考える楽しさがある、という純粋な作品の享受者としての欲求を刺激されるものであった。

 また、散見された「同じセリフを焼き増し繰り返ししていく」表現。僕がこのブログを書くときに結構意識している文章の”癖”のようなものがあった。ラストシーンでのBとDの掛け合いに「雨降るんじゃない?」「そうですね、洗濯物、気をつけなきゃ」というものがある。このセリフはACT5にも出てきているが、発言している役者、状況によって与える印象が大きく変化する。

 こういった癖に刺さるシーンもあって、朗読劇、演技を楽しめるイベントとして、第一回、二回と同じように楽しめた一日であった。


・PAINTBRASH 〜作品を彩る、キャストについて

 

 と、いうわけでここからはガチ私情のターン。キャストについてと言いながら一人しか観てなかったですが。その人について言葉を尽くして行く。

 

 今回深川さんが演じたのはC、そしてAという2つの配役と、木之本葵というキャラクター。配役については前章で触れているのでそこを参照してほしい。

 

 この「配役にキャラクターの名前がつく」という見慣れない構成、イベントタイトルに即した表現を探すとすれば「重ね塗り」により、深川さんが演じる「Cの木之本葵」と「Aの木之本葵」に付与された属性は大きく変化していた。簡潔に表現するならCは「笑う溌剌な異物」、Aは「愛される自己犠牲」といったところか。

 

 台本やステージを見る限り、「キャラクターの名前」は本編に与える影響はそこまで大きく無いと感じたのだが、演じる配役によってそのキャラクターが観客に与える印象をAの〇〇、Bの〇〇…といったように、変化させることで違ったキャラクターを産み出すという狙いがあったのではないかと考えている。

 


 まずはこの日の昼に演じられたC。販売されていたCDのリーフレットに記載があった通り、深川さんにとっても「いちばん好きな役」であり、ステージを観ている僕にとっても「これ以上ないくらいハマっている」配役であったと考えている。

 中の人とキャラクターは極力切り分けて考えたい、というスタンスを普段取っているのであまりこういう話はしないし正直したくないのだが、深川さんを推すきっかけになった「喜多日菜子」といキャラクターの好きなところに、

 

「妄想をパワーに変える」

「手綱を握らせるようで握らせない」

「ちょっとした狂気めいた振る舞い」

 


 というポイントがある。Cという配役はそこにちょっとした「歪み」を加えている。この「歪み」というのは、例えば日菜子というキャラクターのアイコンである「妄想」。Cはそのアイコンのアタマには「被害」が加えられ、「被害妄想」となっている、といった変化を指す。「大好きな演者を大好きになったきっかけの演技の派生形」を見たのがこの昼の公演である。

 

 ひとことで言ってしまえば、デジャヴ

 複雑な表現をすれば、「意図しない事前知識」

 始まる前は真っ白のはずで用意されたキャンバスには染みのようなものがついていたが、その染みすらも作品の一部であった。

 

 深川さん自身も「噛み合わない会話で掛け合う相手をイライラさせる意図があった」と述べていた、一年前の事件、そしてAとの最期のシーン。息をするのも忘れて観入ってしまったこの箇所は、好きなキャラクターの「if」を仮想体験した予期せぬ満足感と、狂気を持った配役に、愛着を持って命を吹き込む役者としての深川さんの魅力に満ちていた。「久々に推しを観れた!」というシンプルな感動は、分針が90回歩みを進めるうちに次々と色が塗り重ねられていった。

 

 あっという間の感情の起伏と、ちょっとした「良いこと」が起きたあとの夜公演。

 

 ここでの深川さんの配役はA。極端に言ってしまえば「殺し、殺される側」から「殺され、殺す側」への転換。イロアワセという催しのコンセプトにある「さまざまなイロを味わう」ことを心から味わえた采配だった。

 

 狂気の魅力に囚われて、Cだけを見つめていた昼との違いは、ステージ全体の印象もよく覚えている、という点にある。Aはこの作品において、キャラクター同士の関係性のムードメーカーであり、流れという意味ではペースメーカーの役割を果たしている印象を受けた。特にゲームパートのアドリブ。昼公演を経たあとでその先の展開を知っているだけに、シュールさで笑いが込み上げてきた。

 深川さんを観ているつもりが、自然と全体も視えている、という感覚がまず大きな感想としてあった。

 

 この視座を得ることでCに関しては「役者としての演じ方の違い」を感じられたのが副産物としてある。安齋由香里さんが夜にCを演じられたのだが、彼女の演じるCにはまだ「救われるif」「全てを認め、謝るルート」の光明が見えた。それは深川さんの演じるCの暴力的な狂気からは感じられなかったものであった。(安齋さんに関しては親しんできたCUE!のキャラクター「夜峰美晴」のバイアスも多分に含まれるかもしれないが……そこは演者に対する浅さとして許していただきたい。)

 

 さて、Aの深川さんについて。

 

 Cには「大好きなキャラクター」のデジャヴがあってそれに近い演技のハマりようで目が離せなかった、と書いたが、Aにも同様にデジャヴが存在した。

 

island7beauty.hatenablog.com

 


 それがこの記憶。

 はじめて本格的な「朗読劇」というものに触れた「アルセーヌ・ルパン」。そこではじめて目の当たりにして、「何かを演じる姿って、素敵だな」と感じた深川さんの表情。その表情が各所に見られた。

 


 スポットが当たっていない時間に台本に目を落とすとき、スイッチがフッと入る瞬間。

 CとAの会話において、「生きて帰れたら……」と言い終わった後の深川さんの顔から出てる静かな怨念。

 生放送でマシンガントークを繰り広げる芸人根性満載の姿だけでは味わえない、役者としての深川芹亜さんの姿が好きという自覚を更に得られたのがこの夜のことであった。 

 

・SIGNATURES 〜おわりに

 

 さて、ここからは少し気持ち悪い自分語りのターン。さっきまでも相当気持ち悪かったは反則カードなのでやめていただけないだろうか......

 この文章、実はとてつもなく難産だった。

 

 「好き」に対して言葉を尽くすことを意識してこのブログを書いてきたのだが、産み出してきた60を超える怪文書陣のなかで、唯一と言って良いほど避けてきたのが「なにかの物語を解説する」文章、そして「演者」についてフォーカスした文章を書くことだった。今回はその二つに一気に手を出した。

 

 前者は夏休みによくやってたことの再現をするだけで、時間かかるからイヤってだけなのでまぁいいとして、問題は後者。

 

 喜多日菜子や、喜多見柚といった「キャラクター」のことを書くときは、「僕はコレが好き」を半ば押し付けてもキャラクターは成立してしまう。しかし、残念ながら人間はそうはいかない。解釈のメスを入れることで、僕、好きを伝えたい相手、僕と同じように僕が好きな人を好きな誰か、その3方位に「解釈が暴力になってしまうのではないか、という恐れ」があった。

 

 筆が進まない。ただ、筆を満足いくまで進めないと、心が進まない。そんなモヤモヤはこの数日、「他の『好き』」に向かっている瞬間以外膨らみ続けていた。

 

 最後の一押しをくれたのは、やはりその人の声でした。

 

 2021年末。深川さんの冠番組の最終回。基本的にそういう番組はROM専を貫いてきた僕が、はじめておたよりを送ったのがその日だった。

 九州から出て来て、それまでの生活が変わってからも、変わらず応援し続けた深川さんの新しく出会った表情に刺激され、半ば衝動的に書いたメッセージ。それが読み上げられたときの記憶を、本社がよく爆破されている会社に550円払って半年ぶりに掘り起こしてきた。

 はじめて「向こう側から」伝えられた「ありがとう」という言葉と、WIN-WINの関係でいましょう」という言葉。この二つに一気に応えるには、今まで続けてきたブログを書くしかない。とスイッチを入れなおした。その結果がこの文章である。届くかどうかは分からないけれど、読んだ誰かが興味を持って深川さんに触れようと思ってくれたら勝ち、ということにしておきましょう。

 

 朗読劇のような、その場が終わってしまったら二度と会うことのできない一期一会のキャラクターの演技も、恒常的に追えるゲームのキャラクターの演技も「好き」と言えるような存在があることに感謝を。これからも見える範囲は頑張って追います。あと、そういった存在が実際に増えて(2021/04~)、増えつつある(2022/03~)今の状態も恵まれているな、と思っている。声を大にしては言わないけど。ほら文字小さいし、

 

 さて、冒頭で紹介した名もなき詩

 冒頭のフレーズの次に、櫻井氏はこう続けている。

 

「街の風に吹かれて 唄いながら 妙なプライドは捨ててしまえばいい」

 

 触れられなかった、追いきれなかった、あるいは今まで知ることが無かった「好き」なものに対して、罪悪感というルビがふられた「妙なプライド」を捨てて、心から「好き」を享受したこの日を、この「イロアワセ」の感想を風化しきる前に書き留めてられて良かった、と思っている。

 

 

 

 

 ......直接なんか書きますか、流石に。

 

 

 

----------おもひでのしゃしんこーなー----------

 

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昼、マジで迷って開演ギリだった。このせいで台本は売り切れて通販。

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お昼。オタクに教えてもらった店。

 

 

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いや、そんなことある??????

この世の運の全てを使った気がします。ホンマに。

 

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お友達のおかげでブロマイドガチャも全て揃いました。ありがとう。